いろいろまとめ

 ――レッドが帰ってきた。
不意に町の人からそんなことを聞いた。
僕は、不思議と実感が湧かなかった。……どうにも人はとても求めていたものが実際に叶うとこんな気持ちになるのかな、なんてどこか他人事のように思った。
 でも、それを聞いたらレッドがいない間抑えていた気持ちがあふれ出しそうで、独りよがりの八つ当たりもしてしまいそうで、何も話したくはなかった……のに、やっぱり目の前に彼がいるのを見ると、「あぁ、好きだなぁ」なんて言葉が頭の中にあふれて止まらなくなる。
……これが俗に言う、惚れた弱みだろう。
 ――彼のことが好きだ、それは認めざるを得ない、というか、こうなったら認めるしかない、のだろう。
そんな気持ちを隠しつつ、彼に「おかえり! レッド!」なんて声をかけようとして、
 ――彼との出会いはもう何年前のことだったかな、なんて、ある日の記憶を思い出した。
その出会いを、何年たっても僕は鮮明に覚えている。

 彼――レッドがポケモンを見てるときに、ぼくが声をかけたのが始まりだ。今思えばそのときの、どうにも、綺麗なその瞳に。ポケモンを見てるときの、その赤い瞳に目を奪われたように、一目ぼれをしていたのかもしれない。
手を伸ばしかけて、やめた。触れてしまってソレが変わってしまうのが、とても怖かったのだ。
「……きれい、だなぁ」
なんて呟いて。今となっては、彼との出会いが、ぼくのすべてを変えたんだろう、なんて思った。
どうにも、他よりも気弱なぼくは、人に声をかけるのが苦手だった。拒絶されてしまえば、すべてが終わってしまう気がしていたからだ。
 ……でも、彼だけは、今声をかけないと、取り返しがつかなくなってしまうような、それこそ、ぼくが話しかけにいけないだろう、なんて思ってしまって。
何かがぼくを突き動かしたのか、怖かったけど、足を一歩、踏み出してみた。
不思議と、いつもより、ソレが簡単にできる気がして、
「……ねぇ、」
不思議と、声をかけていた。
彼は何も気にすることなく、振り返って
「ん? オレになんか用か?」
なんて笑顔で言っている。そんな笑顔だから、ぼくも嬉しくて
「きみの名前、なんていうの? ……ぼくは、ルイ、だよ…!」
「オレはレッド! よろしくな!」
「……! うん、レッドくん、よろしくね」
なんて初対面だったのをよく覚えている。
それからのぼくは、暇さえあればレッドくんの後ろを歩いていて、彼が話すことが、ぼくがまだ知らない出来事を教えてくれてるようで、どうにも面白かった。

 ……ぼくが僕になったのは、これから一年くらいしたころだ。
「……おかあさん、あの…。この子、って?」
イッシュの親戚が、ルイもあと数年すれば旅に出るだろう、と言って卵を譲ってくれた。
ということを話していた覚えがある。
「いい? ルイ、コレは命を預かるってことなんだからね」
おかあさんは、いつもの何倍も真剣そうに、そんなことを言っていて。……それは、やっぱり、今まで持っていたも物よりも、なにより、重い気がして。
……ぼくも、まだ姿が見れないこの子と一緒に、強くなりたいな。
なんて思った。
それから、レッドくんと過ごす時間の半分をこの子に使ったりもした。
寝るときに一緒に毛布にくるまったりして、この子の姿が早く見れたらいいなぁ、なんて思いながら過ごしていた。

 それから少しして、ひびが入ったような気がした。それは突然で、ぼくが、きみはどんな姿してるのかな、早く会いたいな。なんて話しかけていた時だ。
ぼくは不思議と、驚きはあったが、どうにも楽しみで仕方がなかった。
「……っ」
なんて小さく息を漏らした。ぼくの、はじめての、ポケモン。そっと、指を伸ばした。
この子は、不思議そうに、くるりと回った後、僕の手にすり寄ってきた。それがどうにも愛おしく思った。
「……はじめ、まして、ぼくは……」
そこで一息ついた。……どうせなら、ぼくも。
「……僕は、ルイ。よろしくね」
まだ名前も知らないその子は、まるで、こちらこそ、とでもいう風に、嬉しそうにしてるように見えて、ものすごく、うれしかった。

 それでも、やっぱり、なにより、重くて、大切で、
――あぁ、これが命を預かる、ってこと、なんだな。
なんて、思った。

 おかあさんに、孵化したことを言って、その子を見せると、名前を教えてくれた。
その子は、ヒトモシ、というらしい。
「……、そっか、ヒトモシ、っていうんだ、きみ」
その子の名前を、ヒトモシの名前を、知れたことが、嬉しかった。
「……ねぇ、ヒトモシ」
ヒトモシはどうしたの?とでもいう風にしていて
「あのね、君の名前を知ったから、もう一回、よろしくねって、しようと思ってて」
僕はしゃがんで、ヒトモシに目線を合わせた。
「……よろしくね、ヒトモシ」
そう言ったら、ヒトモシが、少し笑ったように感じた。

 ……そんな、どこか長い夢を見ていたように感じた。
……あぁ、ほんとうに、本当に、彼が、レッドが、帰ってきたんだ、
それが、実感できたような気がして、涙がこぼれそうで、
やっぱり、意地でも、好きな人の前で涙なんて見せたくなかった。
……でも、レッドの、顔を見ると、そんなの、どうでもよく感じてしまって、
もう、どうせなら、彼を驚かせようと、前から勢い良く抱き着いてみることにした。
……そんな勢いなんてでないけど、
「レッドの、ばか、ほんとに、ほんとに、なんで、心配、したじゃん、ぼく、さみしかったんだよ」
そんな、嗚咽交じりの言葉ばっかあふれて、どうしようもなく、自分が嫌になる。
全部、言ってしまおうか、なんて思った。
「ぼく、レッドのこと、すきなの、ほんとに」
「……きみのことが、恋愛的に、好きだから、」
「……だから。だから、恋人、なって、ほしい」
ぜんぶ、全部言ってしまったし、後悔はなかった。
でも、やっぱり、恥ずかしくて、レッドの帽子を奪い取って自分の顔を隠すのに使った。
彼の顔が見れない、やっぱり、ダメ、なのだろうか。
……意を決して彼の顔をみると、今までにないくらい、真っ赤な表情で、目を見開いていて、

 それは、一瞬で、でも、あまりに長く感じた沈黙だった。
「……レッド、?」
なんて尋ねてみた。でも、やっぱり、まだ、顔が熱い。
彼は隠す物のなくなった顔をさらに赤くして、視線を泳がせた。
いつもなら、誰の目も真っ直ぐ見る彼が、どうしても僕の目を見てなくて、
「……あー、いや、その……悪い、ちょっと待て。……今、その、ルイの言葉聞いて、なんか……」
少し考えるように、彼は視線を地面に落とした。
「……帰ってきて、ルイの顔見て、あぁ、安心したな、とか……そういうことばっかり考えてたんだけど」
「……オレも、たぶん……。ルイのこと、そういう……特別な意味で、好きなんだわ」
少し小さい声で、照れくさそうにそう言った。
「……というか、そうなんだよ! 今、ハッキリわかった!!」
彼は小さく頷いて、僕をしっかり見ていた。
「……へ、?」
つい、断られる、と思っていたのに。
僕は、それなら、もうコレには、蓋をしよう、なんて思っていたのに。
――拍子抜けするほど、真っ直ぐな、その、明るい声に、
やっぱり、心をつかんで離さない、その瞳に、心底、惹かれてしまっていて、
「オレも、ルイのことが好きだ。……付き合って、ほしい」
それを聞いたら、やっぱり、顔は熱くて、彼の服に顔を埋めた。だって彼にこんな顔見られたくないから。
……頭の上に、何かが乗った気がした。たぶん、彼の手だろう。なんて思った。
だって、それが、とても、とても、愛おしそうに触れてくるから。
ふと、言い忘れていたことがあったことを思い出した。
「……おかえり、レッド」
こればっかりは、笑顔で言いたかった。
だから、顔を上げて、おかえりって、僕は言った。
「……あぁ。ただいま、ルイ!」
そうしたら、彼も、いつもの笑顔でそう言ってくれて、
……彼が、帰ってきてくれて、ほんとに、よかった。なんて思いで胸がいっぱいになってしまった。